2010/08/11

give+名詞に関連して

BASIC English ML のほうで、「味見をする」という意味で次のような文を書きました。

  have a taste of the soup

これについて、メンバーのかたから、give a push, give a blow などの形で動作を表すことが出来るので、give a taste で味見をするという表現が出来ないだろうか、というご意見があがりました。

興味深い例なので、色々調べてみました。

まず、結論から言うと、give a taste というコロケーションそのものがほとんど見当たらないということです。辞書を十冊以上調べ、コーパスなども調べましたが見つかりませんでした。

ただ、「研究社 新編英和活用大辞典」に

Give the soup more taste by putting salt in it.
塩を入れてスープをもっと濃い味にしてください

ジーニアス大英和に、

Give the soup more ~ with some spice.
何かスパイスを入れてスープにもっと風味を出しなさい.

という例があります。味見ではなく、味付け、の意味になっています。名詞tasteは可算、不可算のどちらもありますが、この場合の味は不可算です。これは合理的に解釈できます。つまり風味や味は性質をあらわす言葉で、数えることができません。

しかし「『このスープの』味」は指で指し示すことができるので可算です。→ a taste of soup

さて、この「味付け」もgive something tasteと裸のtasteが来る例は見つかりませんでした。味が薄い時に、濃くしろ、という慣用的な表現で必ず more taste と修飾して使うようです。

tasteが味覚という性質を表す抽象概念であるなら、give taste として、何かに味覚を付与する、つまり「味付けをする」という表現は通っても良さそうなものです。

しかし、現実にそういう意味にはならない。なぜか。

ここで、BASIC Englishでは非常に重要な方法論

少数の動作語とThings(名詞)の組み合わせで様々な動作を表現する

という事を、再確認したいと思います。

give + モノ で動作を導出する用法は?

give の root sense (本義)は、「(モノを)渡す、与える」で、アングロサクソン語源の言葉です。1200年代に giefan という綴りで使われ出しました。不思議なことに、同時期に sellan という言葉があり「無償で与える」と限定したい時にはこちらが使われていたそうです。これが後に逆に「お金と引き替えに与える」という意味に変わり sell になりました。すると giefan は「対価の有無を問わず与える」という意味に変異していき、綴りも give になりました。

 このように give は実体のあるモノを与える、もっと単純に発するのが本来の意味です。しかし、使う中で、実体を持たないモノ、つまり抽象物も対象にして、意味が大きく広がりました。人は無意識のうちに、言語上でしか存在しない抽象物を受け渡しするようになり、意思表現を豊かにしました。
 なお哲学者ベンサムは、あまり知られていませんが言語学の研究も行っており、その中で、無意識に使っている言葉を実体を持つものと、持たない(言語上でしか存在しない)ものに分けるということを行っています。

 この抽象物を対象に give が用いられる時は、かえって「与える」という意味をあまり意識しないほうがいいように思います。

 例えば、give a push などは分かりやすいです。それは、push というのは、その言葉の中に「押す」という「自分の外に対する動作」(一般文法で言う他動詞的)の概念が含まれているので、giveでその概念を付与すると、「押す」という動作に変換されるからだと思います。実際、この例は、現実に用いられている英文に多く登場します。

 ここで cook という単語を取り上げてみます。give cook あるいは gave cook で「料理する」という用法があるかと思いきや、皆無です。
 cook という名詞の中には「料理する」という動作の概念が含まれているのにも関わらず、give で、その概念を動作に変換することが出来ないのです。しかも、ここでの動作の概念は「他動詞的」です。

give できない「taste, cook」と、give できる「push, blow」……この二つの名詞の概念上の違いは何でしょう?
考えてみました。直感ですが、push, blow には短時間の単純な動作で、明確な終わりがあります。cookは中に色々な細分化された動作が入っていて単純ではないし、一瞥して分かるような短い動作でもありません。

(仮説) giveで動作に変換できるのは「単純」「短時間」である動作概念の名詞

この考え方の裏付けになることとして、いくつかの例が挙がります。例えば、run, walk, swim は短時間の動作ではなく、連続性を持った動作の概念が含まれています。
 これらの語と give は馴染みません。

  • give a run
  • give a walk
  • give a swim

いずれも、ほとんど使われません。したがって上記に書いたようなgiveで実際の動作(act)に変換できるのは「極小時間の動作」と考えておくことにします。
もし矛盾に突き当たったら、その時、また考えてみましょう。

次に抽象的な概念を含む言葉について考えてみます。

いくつか抽象的な BASIC words 挙げてみます。red, idea, feeling, comfort あたり。それぞれ「赤い色にする、思う・考える、感じる、快適を覚える」という内在的動作(一般文法で言うところの自動詞的)の概念が入っています。

なお、上記で、redを除いて、ベンサムが言語のうちfictionと呼んだ「言語上にしか存在しない、実体を持たない」言葉ですね。

これらの言葉に含まれている内在的動作の概念をgiveで動作に変換することができるでしょうか?

  • give red
  • give idea
  • give feeling
  • give comfort

どれも、動作にはなりません。これを「~する」という動作を表す用法は実際に用いられる英文には見当たりません。
もちろん意味が通るものはあります。

  • give him a feeling of pain
  • give her comfort by wind through an opening window

いずれも、もとの言葉に含まれた動作の概念ではなく、本義(つまり名詞本来の意味)をそのまま、モノとして与えるという用法で、動作とは違います。

したがって……

(仮説) giveで内的動作を概念に持つ抽象語は動作に変換しにくい (しない、とは書かないで起きます)

giveによる動作の現出方法にはこんな考え方ができそうです。何をgiveできて、何をできないのか、の、一つの目安になるかもしれません。

give taste が味付けにならない(意味が通らない)理由

 taste は結局、そこに含まれている「味つけする」とう概念は実際に塩を入れたりするなど目に見える動作であり、虚構言語(fiction)ではありません。ただ、「味を感じる」という概念も畳み込まれているのですが、これは内的動作です。これは上の仮説だと、give するものではない、となります。
 さらに、内含している「味付けする」という外的動作の概念は、調味料を用いる、煮込む、など、いくつかの動作を内包して初めていみをなすためpushのような単純な動作概念ではありません。
 加えて、一瞬で終わるような短時間の外的動作でもありません。

このようにgiveで「味付けする」という意味にするには、そぐわない条件が多すぎると言えます。

いまのところ、これが、give taste が味付けするという意味にならない(意味が通らない)理由かと思います。

BNCなどのコーパスでgive tasteはみつかりませんし、辞書に掲載されていた二件はいずれもmoreを伴っていて、慣用表現の範囲に入るのかと思います。

今のところの認識は以上ですが、giveを使って動作を表現するのは、BASIC Englishでは非常に重要な方法論ですので、今後も調べていきます。

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2010/07/25

語義のpositioning(続き)

Ogdenが落とし所にしたBASIC Englishの850語のうち、Thingsと名付けられ内訳に"General"というものが400語、"Pictured"と名付けられたものが200語あります。

要するにこれらは「名詞」という風に教えられているものですね。

■Things general の例

education
effect
end

"e"のところから挙げてみました。この三つだけでも分かるように、抽象性の高い語彙がまとめられています。

■Things pictured の例

picture
pig
pin

今度は"p"のところから挙げてみました。picturedとnamingしているように、絵で描いてみせることができる語彙が入っています。

さて話題は語義のpositioningでした。Ogdenは、これら二種類に大別されるThingsの語尾を-ingと変形させることで、意味の方向性を出現させるとしています。

具体的には、pictureをpicturingと変化させるような語尾変化です。

このとき、元のpictureが内包していたroot sense次第で、語義の方向性が落とし込まれていきます。

受験英語的に、「picture=絵または写真ただし例外がいくつか有り」というようなsensingで頭の中に収納していると、この時の語義の新たなpositioningが推察できません。結果、picturingが出てくるような例文をいくつか唱えて、picuringという別の単語の語義を頭に入れる、という作業になっていきます。これが「記憶負担」(memory necessary with no profit)になってしまうと思います。

こういうことを数々の単語にあまねく行っていると、英語を使いこなすことがしんどくなっていきます。

ボタンの掛け違えみたいな性格があって、BASIC Englishでの方法論のように、まずThingsとして各語のspace of senseを把握しておくと、-ingという語尾変化をさせた時にanother positioningがだいたい見当を付けることができます。

疲れてきたので、きょうの模索はここまでとして、また記事を改めます。

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2010/07/23

"-ing"変化と語義のpositioning

伝統的英文法から離れることは至難の業です。語尾変化 -er -ed -ing は、それぞれ「~する人・物」、「~された」、「~している」と反射的に頭に浮かぶのが普通ですが、ここに教育英語の一つの呪縛があるように思います。

とくに、-ed と -ing は、どうしても「受動」<>「能動」の相対関係があるように印象づけられていますし、-ingには「連続的」という常に時間の概念が入り込んでいるような『錯覚』を持ってしまっています。

これらはどれも、それで正しいといえば正しいのですが、この呪縛でくくれないケースの英語の考え方を理解する際に、視界を覆う幕になることがあります。

BASIC Englishでは、

モノの後ろを -ing と変化させて意味の方向性を変えることが出来る

という風にとらえます。このなんだか中途半端な取り扱いが結果的にちょうどいいんです。

 ぼくが -ing変化について、あれこれと悩んで、いまも解消していないのは、上記の呪縛のせいだと、最近、気づきました。

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