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2007/12/07

齋藤兆史「日本人と英語」(研究社)

表題の本、読んでみました。

 日本における英語や英語教育に関する百年を振り返る内容で、なかなか面白い本でした。買って損はないと思います。

 それはともかくとして、著者によれば「戦前の一時期注目を浴びた英語体系」として、Basic Englishを、批判的な立場から取り上げています。(同書, p123-130)

 著者は、Ogdenの著書の「The System of Basic English」(1934)から引用しています。
同書p126,

Mathew,II
1. Now when the birth of Jesus took place in Bethlehem of Judea, in the days of Herod the king, there came wise men from the East to Jerusalem.
2. Saying, Where is he who is King of the Jews by birth? We have seen his star in the East, and have come to give him worship.
聖書「マタイ伝」第二章冒頭(Ogden, The System of Basic English, p277)


 これに対し、斉藤氏は、「worship」が850の単語リストには入っていないと指摘。ごまかしと思われている様子。Basicには補助語彙という仕組みがあって、worshipは聖書を記述する時に用いる聖書用語として用意されていることをご存じないのでしょう。

 また、850語といいながら、固有名詞や、国際的に広く用いられている単語については使用を許していることを、850語だけですべてを記述できないことに対する、いい加減な論拠に基づいた逃げ道だと述べています。

 Basic Englishは850語だけで「あらゆること」を記述できる体系である、とはOgden自身も言っていません。日常の一般的な意思の疎通については850語で済ませられると言っているだけで、専門的な文章や、ある主題に特化した論説文などについては、補助語彙を合わせて使い、また、すでに一般化されている(つまり書き手も読者も知っている)単語については用いても良いとしています。このことは斉藤氏自身も引用しているのですが…。

 Basicの第一の目的は、国際補助語となること。すなわち、一般的な意思疎通、商業、科学において使用可能な第二言語となることにあります。
 そのための手段の中核を成すのが850語の単語ではありますが、それがすべてではないのです。手段と目的を転倒させてはいけません。

 またフランクリン・ルーズベルトの経済政策に関する演説の一部を取り上げています。
同書p127

ルーズベルトの演説

A. Confidence and courage are essentials of success in carrying out our plan. You people must have faith; you must not be stampeded by rumors of guesses. (オリジナル)

B. Such beief in th face of danger is what is most needed if we are to go through with what we are to go through with what we have undertaken.(Basic English訳、引用間違い)

(Ogden, ibid, p151)


このBasic文、何だかおかしいですよね。ぼくも「System ...」でチェックしてみました。すると、

B. Such belief in the face of danger is what is most needed if we are to go through with what we have undertaken. It is neccessary for you to have belief in us. Do not be put off your balance by false stories and chance ideas. (Ogden, ibid, p151)


となっています。たったこれだけの引用なのに間違っているばかりか、オリジナル文の後半に対するBasic文が欠落しています。斉藤氏の引用した文が語法的におかしいのは読む人が読めばすぐ判ることですから、これはかなり恥ずかしいことだと思います。

同書, p129

また、ルーズベルトの演説のテクストAからBへの書き換えにおいては、英単語こそ平易にはなっているけれども、in the face of dangerをはじめ、新たに高度な表現が用いられている。この書き換えは機械的な変換というよりもむしろパラフレーズ、あるいは段階別読本(graded reader)作家による原作の書き直しに近い。


と指摘しています。はい、その通りです。Basic Englishは、機械的な変換などではありません。原文の言わんとすることの本質を取り出して、Basic語彙を用いて、それを分析的に表現するのが特徴です。

同書, p129

書き換えるつもりではなくても、ベーシック・イングリッシュの使用者として想定されているレベルの非英語話者や初学者にBのような英文が操れるはずがない。


 いいえ。そんなことはありません。Basic Englishでは、ひとつひとつの単語の持つ root sense を学ぶところから始まります。「face = 顔」と憶えて終わるようなことはBasic Englishではおこないません。顔から始まって、そこから導かれるメタファを導入していきます。このような過程を経てfaceに関する知識を深めていきますので、in the face of danger というような言い回しは自然に出てくるようになります。

 斉藤氏が「矛盾だらけの言語体系」(同書, p129)と断ずるのは、Basic Englishについての資料調査が充分でないことからくる誤解であると、ぼくは思います。

同書, p130

このベーシック・イングリッシュも、その発想自体には学ぶべきところが多いけれども、結局のところ、福原が批判するほかの「ブーム」と同様、いつの間にか忘れ去られてしまった。


 忘れ去られているでしょうか? Basic English MLに150人ものかたが参加されていることやVOAの放送でも導入されていること、Googleで「Ogden's Basic English」で検索すると49万件もヒットすることなどを、斉藤氏はご存じないようです。
 インターネットの時代になって、Basic Englishは明らかに見直されているのです。

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コメント

大山さんの記事は私の考えと全く同じです。11月13日に編集者にこれを圧縮したような手紙を書きました。返事にはダブリ、脱落については「編集部も見落としていて申し訳ない、可能な限り早い機会に訂正させていただきたい」とのこと。またベーシックに関する「誤解ではないかと思われる諸点」については著者にもご指摘の件を伝え...正しくご理解いただくよう努力したいとのことでした。アマゾンの書評には短くですが書き入れました。こうしてベーシックが歪曲され広がることを何とか防ぎたいと考えています。先月刊行された拙著『850語に魅せられた天才C.K.オグデン』を少しでも多くの方に読んでいただき、ベーシックの正しい姿を知って欲しいと願ってます。 

投稿: 相沢佳子 | 2007/12/07 12:58

相沢様。
ぼくのような素人の意見に同意していただき恐れ入ります。御著書の「850語に魅せられた天才C.K.オグデン」はぼくも拝読いたしましたが、Ogdenについて知らなかった多くのことが書かれていて、大変楽しい本でした。

投稿: >相沢様 | 2007/12/07 19:39

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