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2006年4月

定期受診日(慢性B型肝炎)

 昨日に引き続き、きょうは慢性B型肝炎の定期受診日でした。

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ゼロで割れ!

Yasushi 「あ~、きょうもビールが旨い。悩みはまだ決着付いてないけどね~。きのうも飲んだなあ。それにしても『架空の人物』って書いておけば良かった。るりさんに勘違いされちゃうし(笑) あんな連中がホントに周りにいたら大変だよ」
ネガ男 「……大変ですか。やっぱり、ぼくみたいなのがいると大変ですか?そうなんですね……」
Yasushi 「おどかすなよ! いつから隣に座ってたんだ?」
ネガ男 「ずっといました」
Yasushi 「おまえ、ほんと気配薄いっていうか、そもそも無いな。CIAとかで秘密潜入工作員やったら良いと思う。絶対雇ってくれるよ。おまえがスパイやったらまず気づかれないね」
ネガ男 「ぼくなんか、ダメですよ。仕事はのろいし、ひとの顔色ばっかり気にしているし」
よいこ 「ちーす。あら、凸凹コンビ!」
Yasushi 「ちょっと待て。まず勝手にコンビでくくるな。それから、どっちが凸でどっちが凹だ?」
ネガ男 「ぼくだ。凹はぼくだ。決まってる」
Yasushi 「おまえ、めんどくせーよ(笑)」
よいこ 「大将、中ジョッキひとつ!」
ポジ姉 「うぃっす。ちょっとあんたら早いねえ。仕事してんの?」
ネガ男 「とうてい残業で片付く量じゃないんで明日にまわしました。ああ、みんながうらやましい。ぼくななんか何の取り柄もないです」
よいこ 「そんなことないと思う。仕事が遅いのはひとつひとつ慎重に片付けていったことの裏返しだし、ひとの顔色を伺うのは、相手の気持ちになって考えてるっていう見方もできるよ。それにさ、ネガちゃん、気配が薄いって事は、『居心地の良いひと』って見方もできるんだよ」
ネガ男 「ホントですか? ほんとにそう考えても大丈夫ですか」
よいこ 「うん。ネガちゃんは、『慎重』と『思いやり』と『居心地の良さ』を足して3で割ったひとなんだよ。引け目に感じること無いって」
ポジ姉 (ジョッキ…っていつ頼んだんだ?…をドンと振り下ろし、)ダメ!そんなんじゃだめ!」
よいこ 「え? だめですか? ポジ姉さん。 どうして?」
ポジ姉 そんなに良いところがあるのに3で割るなんてもったいない! ゼロで割りなさい! そうすれば無限大よ
一同 「なるほど~。さすがポジ姉さんの発言だ」

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居酒屋「負けへん!」にて

よいこ 「元気ないですよ、Yasushi先輩。手羽先、先輩の分あまってますよ」
Yasushi 「……ああ、よいこちゃん食べて良いよ」
よいこ 「ラッキー。いただきま~す(ガブリ)」
癒子(ゆうこ)
&ポジ姉
「お~、よいこにYasushiじゃん。隣、いい?」
Yasushi 「あ、癒子にポジ姉、どうぞ。」
癒子 「ちょっと何やの?この空気。(Yasushiの上の空中を両手で払いながら)超局地的に低気圧が発生してるやん」
よいこ 「癒子さん、ポジ姉さん、なんか言ってあげてくださいよ。Yasushi先輩、これからの仕事をどうするか、ずっと悩んでるんです」
ポジ姉 「ええ? まだ悩んでるの?」
Yasushi 「はいはい、そうですよ。悩んでますよ。どうせ、ぼくの気持ちなんか誰も判ってくれないんだ」
「い い え、 わ か り ま す よ(どよ~ん)」
一同、ぎょっとして振り返る。
Yasushi 「ネガ男! おどかすなよ。いつからいたんだ?」
ネガ男 「最初からです」
Yasushi 「座りなよ。全然、わかんなかった」
よいこ 「ネガちゃん、気配ないから(笑)」
癒子 「今夜は、オールスター勢揃いやなあ」
ポジ姉 「Yasushi、少しは進展したの?プラン?」
Yasushi 「ぜんぜん。やるからには、何て言うか、こうキッチリしたことをやりたいんだよね。でも、そうすると、今度は、思いついたプランのハードルの高さに絶望する」
ポジ姉 「んなもん、やるって決めたら、障害を蹴散らしながら走り抜くしかないでしょ」
Yasushi 「そういうスタンスでうまくいった試しがないっす」
ポジ姉 「ダメだって。いつも、前と同じだって思ってたら、それって死ぬまで成長しないってことだよ」
よいこ 「そうだ、そうだ」
癒子 「ねえ、Yasushi君」
Yasushi 「うん?」
癒子 「この店の向かいに、桜の木があるやろ?」
Yasushi 「うん」
癒子 「あれが、Yasushi君やとするやん。そしたらな、Yasushi君、『梅の花を咲かさなあかん』って思うてへん? それ無理やで。Yasushi君、桜なんやから、梅の花咲くわけないやろ
Yasushi 「たしかにそうかもしれない。そうだね」
癒子 「逆立ちしても無理や。こればっかりは、なんぼ努力してもどないもならへん」
Yasushi 「そう言われれば、そうだなあ」
癒子 「それとな、木には太さがある。うちな、ごめんな、Yasushi君、そんなに太い幹とは思われへんねん」
Yasushi 「いや、当たってるよ」
癒子 「木には、幹に見合った枝葉がつくもんや。幹が細いのに、ぎょうさん葉っぱを茂らせようとしても無茶な話や
Yasushi 「……」
癒子 「少しはヒントになった? それやったら、Yasushi君、ジョッキ空いてるからお代わり頼むけど、それとも、もっと話そうか?」
Yasushi 「お代わりお願いします。飲みながら、いまの話考えてみる」
癒子 「おじさん、中ジョッキ、ひとつお代わり!」

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んなもん、止めれるもんなら、とっくに止めてるわい

 辛口です。書店で自己啓発系の本をパラパラとめくってみた。

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もがく男

 仕事、ずっと悩んでいます。
 上から回ってくる仕事をこなすような職種じゃなくて、自分で仕事を作っていかなければならないので苦労する。職場に行くのが辛い。2x1eyes0907_
 新しい仕事を見つけなければならない。それも、これから3~4年は取り組めるようなテーマで、自分のスキルでこなせるレベルで、でも誰もやっていない事じゃないといけなくて……かなりきついプレッシャーを感じている。
 研究は好きだけど、こう辛い日が続くと、仕事に対する意欲が萎えていくのを感じる。
 早く答えを出さなけりゃ、と焦るけど、答えは出すものじゃなく、出るものなんだよね。だからってなにもしなくていいわけじゃない。やるだけやって、そして答えが出るのを待つ。あ~、苦しいなあ。

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iPod大好き(その2) 再生回数ベスト30

 iPodはパソコン側のiTunesというソフトと連動させて使うんだけど、試しに再生回数をランキングにしてみた。

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iPod大好き

 ぼくのハードディスクには、長年コツコツとためた音楽ファイル(MP3)が、約5000曲入っている。このために狭い机の上に、サブウーファーまで載せて、馬鹿みたいなスピーカーシステムを組んでいる。

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素敵な女性(あなた)たちへ……小説「笑顔でキスマーク」

 いや~ショッキングな記事を書いてしまい、すみませんでした。でも、みなさんのコメントは暖かくて、とても嬉しかった。ありがとう!

 さて、口直しと行こう。

 土日にかけて、短い小説を書いた。
 これまで、ブログを通じてお知り合いになった女性のかたたち、みんな個性的で、魅力的なひとばかりだ。色々、大切なことを教わってきた。
 中でも、パートナーを大切にする人たちの愛について、ハッとさせられることが非常に多かった。女性が愛するときの、ひたむきさ、せつなさ、はかなさ、ときめき、喜び……。
 ぼくは日曜作家なので、そういう無数の宝石みたいな気持ちを、作品にしたいなと思っていた。
 もちろん、全部は書けない。ひとの数だけ愛の形があって、さらにそれぞれが、玉虫色にうつろっていく。そんなのを、大作にまとめ上げていくだけの才能なんて、ぼくにはない。
 どういう部分を、どういう風にクローズアップして小品にしようか、考えあぐねていた。

 南こうせつの「夢一夜」という大好きな曲があるんだけど、今週、それを20年ぶりくらいに聴く機会があった。懐かしかった。
 そのとき、作品のプロットが浮かんだ。そして、「夢一夜」を繰り返し聴きながら、1時間くらいかけて、みんなの過去記事を読んでいった。イメージが固まった。

 そして二日かけて、小さな作品を書いた。
 いままでもらった感動への、御礼の粗品だと思って読んでもらえると嬉しいな。

 「笑顔でキスマーク」

    → PDF版(縦書き、見た目が美麗)

    → Story Avenue 版(横書き、見た目は普通、携帯向き)

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- 自作小説紹介記事一覧

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民主主義の残酷さ

 誰が悪いのかは今でもわからない。でも無意味でないことだけは確かだ。
 あれは、小学3年生のときだ。
 ぼくは毎日、クラスの友だちと普通に会話したり、遊んだりしていた。仲が良かった。雰囲気の良いクラスだった。
 ある日、定期的に行っていた、班の組み替えの日が来た。班は6つだ。ひと班が6~7人ずつだった。
 それまでは先生が決めていた。方法は、出席番号順だったり、クジ引きだった。学年も半ば、先生は子どもたちの成長に手応えを感じていたのだと思う。こう言った。
「きょうは班換えの日だけど、先生は今回、全部みんなにまかせる。先生は何も言わないから、学級委員が司会をして話し合いなさい。これからは話し合って、お互いの意見を尊重しながら決めていくことを覚えていくことが必要です」
 二人の学級委員が前に出て、意見を募った。みな、色々な意見を出した。その中で多数決の結果、
「まず、班長6人を立候補や推薦で決めて、班長が順番に班員をひとりずつ選んで、二巡目からは、班長と班員が話し合って、欲しいひとを選んで行くのが良いと思います」という、ひとりの意見が、一番賛成が多かった。方法は決まった。
 自薦・他薦で班長が6人決まり、一巡目、ひとりずつ欲しいひとを指名した。次は、各班長が、獲得した班員と相談し、次の班員を指名した。そうやって、順番に班が決まっていった。だんだん無所属の生徒が少なくなり、気がついたら、4~5人を残すところまで来た。ぼくもその中にいた。どこに入れるのかな? 顔ぶれを見ると、どこの班も楽しくやって行けそうで、楽しみだった。
「うちの班は○○君にします」「うちは○○さんにします」と各班長が最後の指名をした。

  そして、ぼくが残った。

「Yasushi君が残っています。1班はどうですか?」と学級委員。1班はヒソヒソと相談をした後、班長が言った。
「うちはいらないです」
「では、2班はどうですか」同じように相談し、
「うちはいらないです」……
 6人の班長は皆、「いらない」と言った。この頃から先生は動揺した表情を浮かべていたが、最初に「みんなにまかせる」と言った手前、口を出せずにいた。
 学級委員も困っていた。
「Yasushi君が残ってしまいます。どこかの班に入れてあげてください」
 シーンとなった。誰も口を開こうとしなかった。

 ぼくはそこで初めて知った。自分がみんなに嫌われているという事を。
 思い返してみた。そういえば、遊ぶときは、自分は集団の端っこにくっ付いていっているだけだった。談笑するときも、話の輪に自分から割り込んでいく形で加わっていた。実は、みんなぼくを相手にしていなかったんだ。あからさまにのけ者にするのは気が引けるので、仕方なく遊んでくれていたり、話の輪に入れてくれていただけだったんだ。
 ぼくは、実は嫌なヤツだったのだ。クラス中がそう感じていたのだ。
 そう言われれば、ひとの話をさえぎり、自分の言いたいことを言う。ひとの意見は聞かない。自分の考えを押し通す。食い違っても、自分の意見がみんなよりなぜ優れているのか、ちゃんと説明できたから、誰も従わざるを得ない。口で勝ってばかりだった。そんな子どもは、みんなにとって、実に不愉快で、できれば口も聞きたくないヤツだったのだ。
 事実が初めて明るみに出た。それも、一番恥ずかしい形で……。

 そこへ、ひとりが手を挙げていった。
「班を7つに増やして、Yasushi君が7班ということにしたらどうですか」
 すると、教室のあちこちから、「賛成です」「ぼくも賛成です」という声があがった。
 多数決をとった。ほぼ満場一致で決まった。ぼくは7班の班長兼班員ということになった。

 班同士は、机をくっつけて並べることになっていた。みんなが立って机を動かして、それぞれのグループができた。
 スペースの関係で、ぼくの居場所がない。ぼくはひとり、教室の一番前の窓際に机を置くことになった。Desk02

 授業や学級活動は、ほとんどが班単位だ。
 たとえば、理科の昆虫観察では、各班まとまって校庭の草むらに入り、虫を探した。ぼくはひとりで虫眼鏡を持って歩き回っていた。
 道徳の時間、「どうしたら街がきれいになるか」なんていう課題で、大きなポスター用紙にそれぞれ考えをまとめて書く。他の班はワイワイ騒ぎながら、ポスターを作っていた。ぼくはひとりで黙々と7班のポスターを作った。
 発表は、班の全員が黒板の前に出て、ポスターを見せながら班長が説明する。ぼくは当然ひとりで説明した。他の班は、ポスター用紙を二人の班員が両端を持って広げて見せていたが、ぼくはひとりなので、ポスターが丸まってしまい、うまくみんなに見せることができない。しわくちゃになりながら、説明している箇所が見えるように苦労しながら紙を掲げた。
 そんな日々が続いた。算数などは、班員同士が教え合って、全員できたら先生のところへノートを見せに行く。ぼくは自分が書いたら見せに行く。

 ぼくは終始おどけていた。「おれの席は日当たりがいいなあ」「算数はいつもおれが一番先だなあ」……ほんとは泣きたかった。でも、おどけていた。
 事実は仲間外れなのだ。どう見たってはっきりしてる。だけど……だけど、そうではなく、たまたま今回は班が7つになり、7班のなり手がいないから自分がやっている――という状況にしたかった。そう思いたかった。
 泣いたら、自分がのけ者だということを自分で認めたことになる。認めたくなかった。自分が嫌われ者だとは考えたくなかった。だからおどけていた。学校に行きたくなくなったけど、でも行かなかったら、それもまた自分が嫌われ者だと認めたことになる。自分は嫌われ者じゃないんだ、と信じたかった。そうしなければ、毎日の孤独に押しつぶされそうだった。

 およそひと月、その状態が続いたあと、ようやく先生が重い腰を上げた。ホームルームの時間に、クラスは助け合って、まとまっていかないといけないこと。いまのぼくの姿を見て、何か感じないか考えてみて欲しいといこと。そんなことを、懇々と説いた。
 学級委員が司会を務め、再び話し合いが行われた。
「1班から6班のどこかで、Yasushi君を入れてあげられないか話し合ってください」班ごとに、それぞれヒソヒソと話し合いが始まった。ぼくは黙って座っていた。
 やがて学級委員が言った。
「みなさんどうですか?」どの班長も、やっぱり手を挙げようとしなかった。
 その中で、4班の班長が手を挙げた。
「ぼくの班ではYasushi君を入れてあげてもいいということになりました」
「Yasushi君、どうですか? 4班に入ってもいいですか?」学級委員がぼくに尋ねた。みんなの視線が集まった。
 初めて泣いた。
「いいです」
 監獄から出してもらった気持ちだった。泣きながら、机を4班のところに運んでいった。

Desk02_1  かなりハードなショック療法だったけど、ぼくは人間が入れ替わったようになった。人の話をまず先によく聞くようになり、必要なときは率先して人を助けるようになった。逆の立場だったらどんなに辛いかを思い知ったからだ。 また、そう振る舞わなければ再び同じ目に遭うという恐怖もあった。
 ぼくにとっては、ひとの痛みを知るという、とても得難い体験だった。このことは、その後のぼくの人生に、非常に良い影響も与えたし、消えない傷も残した。

 民主主義は残酷な結果を生むことがある。身勝手だったぼくなのか、先読みの甘かった先生なのか、集団になったときに初めて本心をむき出しにしたクラスメートなのか?
 誰が悪いのかは今でもわからない。でも無意味でないことだけは確かだ。

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批判と感謝

 感謝にも色々な種類があるんだな。
 実は、ここのところしばらく凹んでました。ある過ちを犯したのです。批判されてそのことに気がついた。Eyes0205
 過ちを反省するのは辛いことだと、あらためて思い知らされた。振り返って反省しようとすると、どうしても自責の念が沸いてくる。自分を責めることは良くないとよくわかっているはずなのにストップをかけられない。苦い味だ。
 その上、批判されているわけだから、さらに辛い。自業自得といえばそれまでだが、傷つく……。
 でも、みなさんのブログを覗きに行って、元気をもらいました。ずいぶん気持ち的に救われました。ありがとうございます。
 さて、反省は必要。なぜなら、自分がどういう風に過ちへの道のりを辿ったかを、きちんと調べて、記憶にとどめなければ、また同じ事をやらかすからだ。
 しかし、この作業は辛い。どうしても、自分を責めながら辿り直すことになるからだ。
Eyes0674  過ちを犯すということは、自分が劣った人間だと言うことなんだろうか? そうだとしたらとても悲しい。

 空論に過ぎないかも知れないけど、少し考えながら書いてみたい。
 過ちを犯さない人間っているんだろうか? いや、それはいくら何でもないはずだ。誰だって、間違いながら生きているはずだ。ということは、全員劣った人間ってこと?そしたら、全員同じってことだから、劣ってるということは意味が無くなる。
 う~む。じゃあ「過ちを犯したからといって、駄目な人間だとは言えない」なんて言っちゃって良いのかな? 言い切るには、ちょっと勇気がいるな。でも、気が楽になるから、この考えにすがり付いてしまおう。
(-_-;;
 すると、「人間は過ちを犯す動物だ」とも言える? 言えそうだ。
 ってことは、「過ちを犯したのは、自分が人間的だという意味している」なんて言っても良いかな。
 「過ちを犯したのは、自分が駄目な人間だということではなく、人間的だということだ」……おお、何だか心が軽くなるぞ。取りあえず、そう言うことにしておこう。これなら傷つかずに反省できそうだ。(ちょっと御都合主義的かもしれないね (-_-;;)
 不思議だ。批判されたことで、このことに気づくことができた。批判してくれた人に感謝したくなってきた。 Sorry and thanks!!
 感謝にも色々な種類があるんだな。

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教えることの喜び~家庭教師

 BEATmamaさんが家庭教師を始められたそうで、元気そうで何より。(^-^)

 家庭教師は学生時代、12人くらい教えていた。小学生は難しかった。あらかじめ家で、画用紙とかで手製の教材を作ったりして、「時給の割に合わねえなあ」とか思ってたけど、実は結構楽しかったりして(笑)

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目はどうして二つあるのかな?~ちがう見方をしてみよう

  Eyes01どんなことも、ひとつの見方で決めつけることは出来ないんだよね。
 目って二つある。右目と左目が見ているものは、それぞれ違っている映像で、それが脳で合成されて、物を立体的に見ることができる。当たり前だって?(笑)
 でも、ぼくは、そこであることに気がついた。
 よく言われるたとえだけど、半分まで水の入ったコップを見たときに、ある人は「もう半分しかない」と思う。でも、別のひとは「まだ半分もある」と思ったりする。Eyes03
 前の記事でも書いたけど、人間は弱い動物だ。そして残念なことに、仕事でも家庭でも、ストレスの種がいたる所に転がっているのが現代社会だ。みんなストレスと不安を抱えて暮らしている。だから、物事をどうしても悪い方に受けとる人の方が多い。
 会社が赤字になった。すると、クビになるんじゃないか、と思ってしまう。子どもが言いつけを聞かず口答えをするようになった。すると、自分の育て方が悪いんじゃないかと思ってしまう。また、これをきっかけに子どもがグレて悪い世界に身を投じるのではないかと案じてしまう。
 でも、世の中、捨てたもんじゃないよ。右目でばかり見ていないで、左目も開けてみよう。
 もっと自分に合った仕事があるんじゃないかって思っている人はたくさんいる。他の仕事を探そうかという気持ちもあったけど勇気が出なかった。クビになるんなら、いっそ、これをきっかけに転職を考えてみたら、もっとハッピーになれるかも知れない。
  子どもが口答えをするっていうことは、考えてみたら自分の考え方を持つようになったという事だ。誰だって、そうやって少しずつ自分の世界を確立してきているのだ。子どもはいま、その出発点に立っているんだと思えば、むしろ頼もしく見守ってあげてもいいんじゃない?
 Eyes04また、グレる、グレると言っても、行動が目立つからたくさんいるように見えるけど、冷静に観察するとクラスに4, 5人もいれば多い方だ。子どもは全員グレるわけじゃない。むしろ少数派。
 そして、たとえ、グレたとしても、それが駄目な人間だというわけじゃない。中学の時、悪くてどうしようもなかったのに、いまは家族を抱えて、ひたむきに仕事に打ち込んでいるヤツをぼくは何人も知っている。どいつも尊敬に値する立派な大人になっている。むしろ、ひとより色々な悪いこと、暗いことを見てきたからこそ、そこにたどり着いたのかも知れない。
 物事は、出くわした当初は悪い方に捉えがちだ。だけど、いろいろな見方ができるっていいうことを覚えておこう。そうやって、多くの方向から見て、はじめてその物事の意味や価値が決まるということを知っておこう。
 最低でも、右目と左目、ふた通りの見方は試みてみよう。ほんと世の中、捨てたもんじゃないよ。
 どんなことも、ひとつの見方で決めつけることは出来ないんだよね。

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