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2006年3月

「もらい泣き」「自分泣き」……ひとりじゃない

 ひとりじゃないという事を知ったとき、どんなに安心することか。
Hug03  人間は本当は弱い動物。そして優しい動物。それを隠して生きている。弱気を奮い立たせ、泣きたいときも我慢し、頑張っている。それが人間だ。取り乱したり、動揺したり、焦ったり、挙げ句にはわんわん泣いたり……そういうことは、この社会で生きて行くには隠し、抑えつけ、耐えなければならないと思ってしまう。
 そんな弱いのは自分だけだ、恥ずかしいことだ。周りを見ると、そんな風に感じてしまう。本当は、みんな同じで、弱い自分を抑えつけているんだけど。
 ストレスが次第に溜まっていく。本当の自分と、仮面の自分を使い分けるのは、心に負担がかかるからだ。
 そんな、ギリギリで一杯一杯ののときに、側にいる人がわんわん泣きだしたら……「もらい泣き」した経験のある人はありませんか? 一緒になって泣いてしまう。二人で泣き濡れて、ティッシュの箱が空になる。そんなことありませんか?Hug01
 ぼくは、あれは「もらい泣き」じゃないと思う。人間という動物の優しさが、なぜ泣いているのかを思いやって、それに人間という動物の弱さ――普段、抑圧されている弱さが、泣かせるんだと思う。「もらい泣き」=「泣くのをもらう」んじゃない。
 相手が泣くのを見て、「あ、泣いても良いんだ。抑えつけてばかりじゃなくて、泣くのもアリなんだ」と思い、自分の中の涙を解放するんだと思う。「もらい泣き」じゃなく「自分泣き」だ。弱くてもいいんだ。取り乱してもいいんだ。動揺してもいいんだ。焦ってもいいんだ。抑えつけてたのは自分ひとりじゃなかったんだ。Hug02
  それを気づかせてくれる、わんわん泣いている友人やパートナー。それは得難い存在だ。大事にしよう。弱い人と一緒にいよう。泣きたいときはいっしょにわんわん泣こう。抱き合って泣こう。
 人間は弱い動物。自分がひとりじゃないという事を知ったとき、どんなに安心することか。

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いっしょにいて楽しい人になろう

まわりに愉快なひと、いますか?

 天然ボケのひと、わざとボケて突っ込ませてくれるひと、逆に突っ込んでくれるひと、冗談をいうひと etc......
 どんなに辛くても、そんなひとが側にいてくれれば、思わず「クスッ」と笑ってしまうもの。laugh-01 そして心が少し軽くなり、自分の中でパンパンに張り詰めていた空気が少し抜けて楽になる。もし、そんな友人がいるなら、大事にしよう。
 エンジンをかけていない車に乗り、ハンドルを動かしてみる。すると、タイヤは全く動いていないのに、ハンドルは少しだけ回転する。いわゆる、ハンドルの「遊び」だ。この余裕があるから、車は真っ直ぐに走ることが出来る。ちなみにレーシングカーはカーブなどでドライバーが最適コースを判断してからコンマ数秒で車が応答しなければ間に合わないので、ステアリング(ハンドル)の遊びは全くない。必死の人間というものは、このレーシングカーのようにキチキチに動いていて、遊びが全くない。
 考えてみよう。車の横幅よりほんの1~2センチしか余裕がない道を通らなければ成らないとき、もし遊びがなかったら。車はすぐにどちらかの壁に当たり、こすり傷が出来てしまう。遊びがなければ真っ直ぐに進むことは出来ないのだ。
laugh-02  だから、自分に「遊び」を持たせてくれる愉快な友人は大切にしよう。
 だけど、自分にとって有益だからといって友人に側にいてくれるよう望むのは、少々身勝手だ。友人にとって、自分が側にいるメリットがなければ、それは強要になってしまう。友人もまた自分のことを側にいて欲しいと思ってくれなくてはだめだ。
 どうすればいいのか? 答えは簡単だろう。逆のことを考えれば良いんだ。友人にとって自分が楽しい人間なら、側にいて欲しいと思ってくれるだろう。
 楽しい人間になろう。楽しい人間は自分の心も軽くできるし、楽しい友人が側にいてくれるおかげで、さらに心が軽くなり、行動や言動に「遊び」を作ってくれる。
 どうしたら楽しい人間になれるかって? それこそお手本はたくさんある。あなたが側にいて欲しいと思う愉快なひとがいるじゃないですか。それを真似ればいいんだ。

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初デート(あなたは?)

みなさん初デートはいつでした?

 ぼくは中学1年。記憶が曖昧だけど(←ゴメン!相手)、机の中に手紙が入っていて、「付き合ってほしい」という事が書いてあり、OKなら○○してくれ、というジェスチャークイズみたいなことが書いてあったような気がする。とにかく人の目が気になる年だった。あんまり話したことがない相手だったので、付き合ってみたら、嫌な奴だと思われないか、とかが気になった。迷った挙げ句、OKサインを出した。
 そしたら、二日に一度くらい「これは噛んだガムを捨てたんですか?(爆)」と言いたいくらい小さく何重にも畳んだ手紙が鞄に入っているようになった。返事はYes/Noでやっぱりジェスチャー。 
ヾ(’o’ヾ(’o’ヾ;ォィォィォィ 日光猿軍団かよ。(笑)

 で、一度学校の外で会ってほしいって言われて、ヒジョーに困った。どうしてなんだろうね、付き合ってるって他の人には絶対知られてはいけないって思っていた。buranko01
 結局、家はかなり近いのに、わざわざ別々のバスに乗って、校区外っていうか、ほとんど街の外れにある、公園で会った。
 本当は色々話したかった。でも、向こうも何も言わない。こっちも何を話したらいいのかわからない。

 無言のまま1時間以上も女の子と並んでブランコをしたことがある人? ハイ!(恥)
 めちゃめちゃ空気が重かった。けっきょくブランコをしているうちに日が暮れて、また別々のバスで帰った。

 結局デートらしい(「らしく」ないって)デートはそれっきりで、ぼくが中学2年で別の町に転校して、自然消滅しました。
kanbeer01
 後日談があります。大学浪人して札幌の予備校に通ったんだけど、地下鉄駅の隣のスーパーで見かけたことがある。ちょうどレジで精算しているところだった。なつかしくて 声をかけようと思ったら、ちょっぴりの野菜類と肉のあと、缶ビールを2缶買ったのを見て、ふっと微笑して、無言で店を出た。幸せそうだったのが妙にうれしかった。変なものだ。

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恋の勝負、負けない!

 長女が小学校を卒業し、昨夜は謝恩会。女房が出席した。
 先生を交えて、(持ち上がりなので)この2年間の思い出話に花が咲いたらしい。
 シブ君のお母さんがマイちゃんのお母さんに、「うちの子、マイちゃんのことが好きでしょ」と言った。
 マイちゃんのお母さんは、「そうかな、マイにはそんな気配もないよ」と答えた。実際、マイちゃんのほうは何とも思っていなかったようだ。
 しかし、シブ君のほうは、この2年間、席替えや集合写真など、いろいろな場で、いつもマイちゃんの隣にくっついていて、「大好き」オーラが出まくっていたらしい。
 そのシブ君に2年生の頃から熱を上げていたのがマドカちゃんシブ君にラブレターを書きまくり、機会がある毎にアタックしていたそうだ。
 マドカちゃんは「女の勘」(笑)で、大好きなシブ君マイちゃんを好きらしいことを察知し、ある日の休み時間に、マイちゃんの机の前にスタスタと歩いていき、人差し指を突きつけ、こう言ったそうだ。
「あたし、マイちゃんには負けない!」(爆)
がんばれマドカちゃん

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新作、だけど……(泣)

 取り組んでいる中編が二つあるんですが、ある夜、ふと思いつき、着想5分、執筆3時間のインスタント新作「命のクッキー」ができちゃいました。「Story Avenue 目次」からどうぞ。
 生まれて初めてのファンタジーに挑戦です。なので、出来は……悪いです。

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変則拍子

 再び、音楽ネタで。
 TOTOの「ハイドラ」という曲があるんですが、前奏が長くて、ボーカル担当のぼくは、みんなが練習している間、暇でした。(←他人事(笑))
 これ、めちゃくちゃ難しい演奏なのよ。7/4拍子という、超珍しいテンポ。
 音楽やったことがある人は、これがどれほど変則的なリズムが判ると思う。
 楽譜見てたんではとてもできない。原曲を徹底的に聴き込んで各自が体で覚えるしかない。そして、合奏では、各自が体感したリズムを合わせていく。みんなの悪戦苦闘を見ていた。。
 ぼく? ぼくは気楽でした。だって、この曲、ボーカルに入るところからは、普通の8/4になるんだもん。(笑)

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ルンルン♪

よんでくれているとは思わなかった人から」メール。
りくつじゃないよね、こういうの。意外でうれしいよ。
あたたかな気分になれた。
いつもこうだと良いんだけど、
しっぱいで人をきずつけ
て、落ち込むことがよくあ
る。やっぱり
よく気配りすることが必要ですわ。

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惚れた仕事で飯を食う

 本気で取り組めるなら、何だって良いんだ。「惚れた仕事で飯を食う」――それが、幸せな人生のひとつだと思う。

 本気で、音楽で食っていこうと思っていた。10代の頃だ。
 ぼくは、お爺さんが民謡の師範で、父も民謡と演歌をよく歌っていた。だから、今考えると、稚拙なんだけど、そこそこ声は出てたように思う。もちろん、声帯をきちんと開いたり、歌いながら腹式呼吸をしたりできてなかったし、二度や三度のシャウトで声が枯れてしまうほど喉が弱かったり、基本が出来ていなかった。

 きっかけは、中学校の卒業記念行事。ぼくは、ギターがすごく上手い友達を誘って、みんなの前でアコギでデュオをやった。コピーばかりでオリジナルはなかった。すごく緊張した。
 なんとかノー・ミスで5曲ほど歌い上げ、ほっとしてステージを降りたら、すると、女の子二人が、泣いてくれていた。
 ――衝撃を受けたね。それまで、歌は自分が好きだから歌うだけで、人がどう思うか、あまり考えていなかった。勝手に歌うから聞きたい奴は聞きなという傲慢な態度。なによりミスをしないことばかりに集中して、どんな風に伝わってるかなんて考えてる余裕がなかった。
 自分の歌で人が泣いてくれた。初めて、音楽を真剣にやりたいと思った出来事だ。

 高校に入ってからは、気に入った友達とバンドを組んだ。当時、シンセはバカ高かったしモノフォニック(一度にひとつの音しか出せない)だったので、いろんな人から借りたりして、キーボードの女の子の周りにはシンセが何台も置いてあった。
 ぼくは楽器がほとんどできないので、ボーカルだけ。
 曲を書き始めたのもその頃だった。オーディションやコンテストにも色々出た。
 ヤマハのポプコン(懐かしい~!!)でオリジナル・オンリーのコンテストがあって、バンドとしては予選落ちしてしまったのだけど、個人的には審査員特別歌唱賞をもらった。あれはうれしかったなあ。いろんな曲を聴いて、自己流で声帯、喉、腹の使い方を憶えていって、こんなので通用するのか自信がなかったから。

 親は猛反対だった。まっとうな道を歩めと、よく叱られた。

 楽器バリバリのバンド演奏もいいけど、結局はアン・プラグドに戻っていった。高3の時の文化祭。うちのクラスは喫茶店をやったのだけど、これがお客さんを前に歌う最後になると思った。それで、別の友達と組んで徹夜で選曲とリハ。またデュオをやった。朝から夕方までだから、けっこうハードだった。だけど、語りかけるように、「聴く人のために」歌うことに徹した。満足だった。歌いたいだけ歌って、「やりきった~」という感触が心地よかった。
 その時も、泣いてくれた女の子がいた。うれしかった。だけど、その子は、もうこの世にはいない。早死にだった。

 大学に入った。
 ぼくは貯めた小遣いや貯金を崩して、ポリフォニック(同時にたくさんの音を出せる)シンセとシーケンサーを買った。ドラムシンセや重ね取りをできるレコーダーも買い、全部ひとりでイチから出発することにした。伴奏をすべていわゆる「打ち込み」でおこなう、孤独な創作活動を始めた。
 その結果、何が起こったか。はい、留年しました。(笑) そのころはQueenに夢中になっていて、カバーのデモテープをいくつか作った。オリジナルも書きまくった。コーラスは多重撮りにして、ベース、ドラム、ギターなど、ぜんぶプログラミングをして、曲を作っていた。

 一方、大学では理系で入り、2年生の時に、進級学部を選ぶことになった、ぼくは化学が好きだったので、工学部の合成化学工学科に進んだ。
 そこで「化学工学」に出会った。名前は似ているが、化学工学と化学は全く違う学問だ。工業界には、ニーズはとても高いのに、でも現象が複雑で、どうやって制御すればいいのか分からない作業がある。経験とカンに頼って職人技で操業するしかない。
 そういうところに化学工学はメスを入れ、複雑に見える現象を、よく分析し、いくつかの要素が絡み合っていることを解き明かす。そして一つ一つの要素に数学にもとづいたモデルを立て、これを組み合わせることで、複雑に見えていた現象を制御する方法を提供する。化学工学はこういう役目を負っている。
 ぼくは、この化学工学の思想、使命に魅せられた。実験装置に何時間も張り付いて、実験データを取る、夜になっても帰れず、大学で仮眠することもあった。

 たしかそこの頃だったと思う、AMラジオで、尾崎豊の「15の夜」を聴いた。ショックだった。尾崎は確かに歌が上手かった。でも、そんなことは関係なかった。熱いメッセージ――自分は、高校生の頃のことを忘れ、楽器のピッチがどうのとか、コードがどうのだとか、そんなことばかり考えていたんだ。
 尾崎の「一曲の詞を書くためにノート一冊を費やす」というくらいのメッセージを、ぼくはひとカケラも持っていなかった。

 ぼくは音楽をやめた。

 音楽は趣味に徹することに決め、研究で食べていこうと決心した。そして、いまの研究所に就職し、学生の頃と同じような毎日を送っている。仕事として研究をするのは、辛いことが多く、しかも、基本的には一匹狼の孤独な世界だ。仕事は与えられるのではなく、自分で作り出していく世界だ。だけど、後悔はしていない。
 音楽は趣味になった。今でも、時々キーボードで弾き語りをする。肩の力が抜けた分、緩急がつくようになった。

 ぼくはいま、ときどき歌いながら、惚れた仕事で飯を食っている。

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許せない夏

 もう大昔の話だけど、夏に車上ドロボウに会ったことがある。
 いちおう警察に被害届を出したけど、見つかるはずもなかった。まあ、それはしょうがない。

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幸せを決めるのは何だろう

made-02  幸せを決めるのは何だろう? 100%幸せだとか、50%くらい幸せだとか計る物差しってあるんだろうか? ―― ない。そんなものはない。

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耳かき

耳かきまで床屋でやってくれるのは日本だけみたいですね。

「じゃ、耳かきしますね」とお客に告げながら、理髪師は右の耳を掻きはじめた。
「痛たたたた!」
「あ、すみません」
そのまま左の耳まで掻いていくのかと思ったよ

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恋から愛情へのバトンリレー

 ああ、すみません。なんていう名前か忘れてしまった。ドーパミンじゃなかったし……。
 恋に落ちてラブラブなカップルがいるよね。そういう時は、二人の脳内でナントカという分泌物質が出ているそうな。まぁ、ここでは仮に「恋・物質」とでもしよう。これが出ている時の二人は、まさに恋愛真っ只中。相手のことしかcouple_02 眼中にない。
 この「恋・物質」の分泌は、最初は出まくり。ところが、たしか4~5年で枯渇するという話だった。もっとも、二度と分泌されないとうことではなく、新しいパートナーを見つけたら、また、分泌される。つまり、ひとりの相手に対して出まくって、4~5年したらまた枯渇する。
 一方で、この「恋・物質」の分泌がピークに達したころから、別の脳内物質が徐々に出てくるらしい。仮に「愛・物質」としよう。この「愛・物質」は、「隣にいると、心が安まる」、「一緒にいたい」、「いないと寂しい」というような心理を生み出す。
 「愛・物質」は、「恋・物質」のように強い作用もなく、効き方も穏やかとのこと。でも、「愛・物質」の分泌は何十年といような長さでゆっくりと上昇し、またゆっくりと下降していく。

 つまりね、「恋・物質」が出まくりのラブラブなうちに結婚して、「恋・物質」が無くなる前に「愛・物質」が出てくると、その後、何十年も一緒に暮らせるわけで、人間はそういう風に出来ていると言える。

couple_03 問題は、個人差があって、「愛・物質」がまだ十分に分泌する前に「恋・物質」が枯渇することもあり得る。恋から愛情へのバトンリレーがうまくいかない場合だ。そうなったら、どういう結果が待っているか?
 もう相手に対する情熱が無くなっちゃうわけで、恋人だったら他の相手に走ったり、結婚していたら浮気をしたりするわけだ。

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心配かけるのは迷惑??

ビシ!! 竹刀の音!「はい、注目!」いつものセーラー服で桜塚やっくん登場。(笑)
「ただ今から、関東スケ番連合緊急集会をおこなう」
会場を見渡して、
「きょう、みんなに集まってもらったのは他でもない。昨日、メンバーのこなつ姉さんが『心配させて迷惑かけた……』なんて、とんでもないことを言いやがった! (ビシっ―竹刀の音) なんだい? うちのメンバーは友情と迷惑の区別もつかないのかい!? がっかりだよ! ビシッ!」
「っつーことで、きょうはあたいがもう一度基礎から『友情』について教えていこうと思う。でも、ただ教えるだけじゃあつまんないから、ところどころで、アタイがわかりやすいボケをかます。そしたら、そうだね、いまから指名するやつにツッコんでもらいたい」ステージを歩き回る。
「そうだね。アンタ、この寒いのにバレーボールのユニフォーム着てるアンタ、名前は?」
「あ、あのBEATmamaです」
BEATmama、あんたはアタイがボケたら『妖怪かよ!』ってツッコんで。言ってごらん」
「妖怪かよ!」
「よーし、良い声。次は……そうだね、そこでぼーっとしているアンタ。アンタもしかいして眠剤飲んできてないかい?」
「あ、はい。飲んできました」
「名前は?」「リハルタです」
リハルタ! エンタの収録に眠剤飲んできてどうするんだよ! まあ、いいや。アンタはねえ、アタイがボケたら『ダジャレかよ』ってツッコんで。言ってごらん」
「ダジャレかよ!」
「よーし、その調子」
「まあね、友情っつっても。色々あるからね、札幌ドーム、東京ドームとか、……」(ちょっと間を置いて)リハルタさんに駆け寄って「ダジャレだよ! ドームは野球場だろ!『じょう』つながりだろうが! 東京ドームの真ん中で友情を暖めあってどうするんだよ!」(笑)
「じゃ、こなつ姉さん、話も済んだし帰ろうか。あたいの背中に乗って。じゃ行くよ。あれ、こなつ姉さん、どんどん重くなる、ああ立っていられない……」(間)
こなつ姉さんを背負ったまま、BEATmamaさんに駆け寄り「妖怪だよ! こなきじじいだよ!」
それにリハルタさんの方にも駆けより
「ダジャレだよ!『こな』つながりだろうが! 二人ともしっかりツッコミな!」
「よーし、最後にみんなに聞いておく」
会場を見渡して、
「こなつ姉さんの事を心配したやつ、手を挙げな!」
全員が手を挙げた。
「じゃあ、それを迷惑だと思ったやつ、手を挙げな!」
誰も手を挙げない。やっくんは振り向いて
「こなつ姉さん、見たかい。だれも迷惑だなんて思ってないんだ。忘れるんじゃないよ!」

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ダメダメガールはダメ!

fighting_pose3   ダメダメガールはダメ!
 自分を卑下したり、マイナス思考で追いやるのは絶対よくない。かえって症状を悪化することになる。
 フランスの心理学者エミール・クーエが、豊富な臨床経験からある発見をした。ダメダメなひとに、絶望的な心境はどうあれ、無理矢理「毎日毎日あらゆる面で、自分はどんどんよくなっている」という言葉をを唱えさせた。
 すると、めざましい効果が表れた。それまで打ちひしがれていた心が、少々のことでは凹まない弾力性のあるものに変わり、自分の行動に確信を持てるようになった。fighting_pose4
 何度か書いたけど、ぼくらのように心が定まっていない人たちは、「強いふりをする」ということが大切なんだ。中身はもうズタズタ・ボロボロでも、ファイティング・ポーズを取る。本当は弱虫で、泣きたい気分なんだけど、強いふりをする。ファイティング・ポーズを崩さない。そのことで、後から本物のファイティング・スピリットが着いてくる。fighting_pose5
 その強気のままでリングに上がり、負けたら……。それでも、前よりはマシ。堂々と「敗者の誇り」を持って、ロッカールームに帰ってこれるじゃないですか。
「俺は本当は強いんだ。見てろ。次は倍返しをしてやる」そう思えるじゃないですか。
 もし、弱気のままリングに上がり、こてんぱんにやられて返ってきたら、前よりいっそう弱気になり、絶望感が頭を支配するだろう。
 ダメダメガールはダメ!
 

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薬指の指輪

 あるアメリカ人が、温泉の湯船に浸かっていたそうだ。
 隣のアメリカ人が、彼の指輪が左ではなく右の薬指にはめられていることに気づいた。
尋ねた。
「あの、指輪をはめる手が間違っていませんか?」
「ええ良いんです。わたしは結婚する相手を間違ってしまったので」

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この役立たず!~腕時計

 あ~、ta_daさん、もうソーラー時計、注文しちゃったんですか?
もう卒業しましたが、昔、G-SHOCK集めに凝っていました。タグホイヤーとかも憧れたんですが何せ手が届く値段じゃないし、良いなあ。(って、卒業してない(笑))watch02
 G-SHOCK集めは、写真のアナログ&ソーラー電力&電波時計を持って終了しました。この3年ほどずっとコレを使ってきたのですが、実際、袖に隠れて太陽で充電ってなかなかできないじゃないですか。とうとう、二次電池まで電力を食い尽くし、この冬で止まってしまいました。針は0時0分で待機。
 こうなると、電池交換が出来ないというのがかえってあだになり、もう、ひと月以上、窓辺で日向乾ししています。日照時間が足りないらしく、充電できていません。

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