病院選びは命選び
ぼくは、HBV(B型肝炎ウィルス)のキャリアだったけど、運悪く発症してしまった。
30代前半のことだった。職場の健康診断で肝機能が異常に高いと告げられ、病院で精密検査を受けるように言われた。
ちょうど家のすぐ目の前がK総合病院。診察を受けたところ、慢性B型肝炎を発症しているとのこと。さっそく二週に一度の通院が始まった。
覚醒したHBVの活動が活発だったらしく、ぼくの肝臓を舞台に、HBVと免疫システムの戦争が始まった。
肝炎のダメージの程度を示すのがGPTというもので、健康な人は20~30くらいだ。40を超えると精密検査を受けるように言われる。
通院を始めてから、ぼくのGPTは150~300の値を示していた。処方は一貫して「ウルソ」という薬だった。そして毎回、診療台に乗せられ、肝臓を触診する。
ぼくも色々な本で慢性B型肝炎について勉強した。疑問がわいてきた。
まず、なぜウルソしか出してくれないのか? これはあまり強い薬ではない。
また、なぜ触診をするのか? 肝臓は半分以上が肋骨の中に隠れている。慢性B型肝炎が進行して肝硬変になったのなら話はわかる。触診すると肝臓が硬くなっていることがわかるからだ。でも、ぼくのGPTの数値から見て、肝硬変まで進行していないのは明らか。慢性B型肝炎の患者に、バカみたいに毎回触診して何がわかるというのか?
女房は以前、心臓外科で看護婦をしていて、肝炎の人を沢山見てきた。GPTが200も超えるようなら、肝臓専門の病院へ転院させていたらしい。
ぼくのGPTを見て、「おかしいよ。これだと普通、入院だよ。一度別の病院に行ってみたら?」と言っていたが、医師と二人で差し向かいになる診察室では、転院することをどうしても言いだせなかった。
一年近く、そのまま通っていたのだが、それまで上下に変化していたGPTが、急上昇を始めた。350、400……。体がだるく、動けなくなってきた。
そしてある日、とうとう500を超えた。それでも処方する薬は相変わらずウルソだけ。
帰って、GPTが500を超えたと言ったら、女房が、「はぁ!? GPTが500と知っていて、それでそのまま患者を帰しちゃうの!? 信じられない! 何で入院させないの?」と言った。だるくて息が切れる。
ぼくもこれはヤバいと思った。GPTの急上昇――もし万が一、これが劇症肝炎だったら、来週の今頃はもう死んでいる。
劇症肝炎はとても危険な病気で、急速に肝臓が破壊されてしまう病気だ。死亡率は70~90%。二日で死んでしまう人もいるくらいだ。
実際、以前、職場の会議で年配の人たちが過去に死んじゃった職員の思い出話を始めたことがあった。東京出張中に劇症肝炎になって、昔の病院ってそれが普通だったのか知らないけど、地元に戻って治療するよう言われて帰ってきたそうだ。ところが、当時は、出張に飛行機を使うことは認められてなくて、電車を乗り継いで二日で帰ってきて、すぐ入院したが、次の日に亡くなったそうだ。「怖い病気があるんですねえ」なんて、その時は、苦笑いしながら相づちを打ってたんだけど……。
インターネットで、病院の先生たちが質問に答えてくれるサイトがあったので、自分のデータと、それに対する病院の対応を書き込みした。
すると、肝臓専門の先生がコメントをくれて、その病院の対応は同業者から見てもおかしい。劇症肝炎の可能性もあるし、すぐ別の病院で再検査してもらった方が良い。ちなみに、自分ならただちにインターフェロン投与を開始する、と書いてくれた。
それを読んでぼくは、K病院には悪いけど、翌日、北大病院に行って見てもらった。ぼくはこれまでのGPTの推移をグラフにして印刷したものを持って行って見せた。その医師は現在のぼくの主治医の先生だけど、首をかしげた。
「GPTが200以上にもなったら、ウルソを飲んでもほとんど意味は無いんですけどねえ……」
そして、北大はいまベッドが満床、順番待ちの人たちがいる状態、すぐに系列の病院に入院することを勧めてくれた。ただ、当時まだ認可されていなかったラミブジンという新薬があって、北大に入院するならこれを使えるとのこと。取りあえずその日はそれで帰った。
翌日、その先生から電話があって、ベッドが開いたので、順番待ちの人たちを飛び越えて入院させてくれるとのこと。
あわただしく準備をして、翌日入院した。入院したその日の血液検査の結果は、なんとGPT=1450。びっくりした。GPTが4桁まで上がったことも驚きだったけど、わずか3日でGPTが約三倍になっている。急上昇なんていうもんじゃない。
「先生、これ劇症じゃないですよね?」恐ろしくて、先生にすがるように尋ねた。
「他のデータも見たところ、劇症肝炎ではないです。大丈夫」ほっとした。そのときは黄疸も出ていた。それからラミブジンの投与を受け、肝機能は三桁台前半まで下がった。
もし、元の病院に通い続けていたら、今頃どうなっていたかわからない。
| 固定リンク
| コメント (8)
| トラックバック (0)










色々なひとの涙をたくさん集めて、それぞれの成分を分析した研究があります。(元の論文を探したのですが、見つけられませんでした。すみません)

ところだった。ネタ的に、国際誌に出したい内容と思っているので、英語で書いている。でも、日本語でも遅筆のぼくだ。そのうえ気分は真っ暗。作業は、まったく進まない……。ひとを傷つけることは辛いことだ。いつもずーっと後を引く。
最近のコメント