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2005年8月

優勝、正式決定~駒苫

 部長の不祥事で、あわや優勝剥奪かとさえ思われた駒大苫小牧だけど、高野連が正式に優勝は認めると発表した。
 部員が喫煙したなどと言うわけでは無く、指導者側の不祥事だから、これで優勝取り消しにでもなったら、選手たちが可哀相だと思った。

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Yasushi、アクセス数一万件突破を知る

ぼくがブログを始めて一年と少しになる。
先日、累積アクセス数が一万件を超えた。もっとも、その中には検索ロボットなんかのアクセスも含まれているだろうから、ホントに読んでくれている人が何人いるのかはわからないけどね。それまで知らなかった人からメールをもらったりすることがあって、そういうときは感激する。

何かを書くって、ぼくには快感だ。
祖父は、地方民謡の収集・整理や同好の士の人たちへの指導をしていた。父は、高校から俳句を続けてきて、去年、自費出版で句集を出した。そんなことを思うと、これは物書きの血なんだと思う。

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鬱が歌を壊す

 鬱病は色々なものを壊してしまう。思いもよらないことさえ。
 一度は音楽で食べたいと思ってたくらいだから、歌には自信があったんだけど、鬱病になってから、なんと、歌を歌えなくなった。どうがんばっても、メロディーをたどれないんですよ。耳で聞こえている音を声にして出すことができない。完全に音痴になった。
 そのうえ、発声法までだめになった。
 たとえば、ビブラートは、音程を上下させるやりかた「音程ビブラート」と、音程はそのままで息の強弱をつけるやり方「強弱ビブラート」の二種類があります。例をあげれば、聴いてる限りだと、マイケル・ジャクソンは前者が主体で、妹のジャネット・ジャクソンは後者が主体です。
 どちらもできなくなりました。喉の筋肉も、腹の筋肉も、思うように動いてくれない。そしてファルセットも聞くに堪えないくらい汚くなってしまった。
 鬱病がそんなところにまで影響を与えることを知り、ショックだった。もう一生歌を歌えないのかと思って、かなり落ち込んだ。歌うのは好きだから。

 鬱が少しずつ良くなってくると共に、遠い昔にやった練習を再び始めてみた。「音程ビブラート」は、キーボードを弾きながら、「あー、うー♪」と、音程を正確に半音下げて、また戻す練習。
 「強弱ビブラート」は、吸えるだけ息を吸い込んで、同じ音程で、声がかすれて出なくなるまで吐息の量を絞っていって、また上げていく練習。
 少しずつ、少しずつ、歌になっていった。

 いまは歌えます。歌うことは大好き。
 でも、昔とは違う。一から作り直した喉。歌っていて、以前のように歌えていないことは、はっきりと感じる。良い悪いではなく、種類の違う歌声になってる。

 鬱病、ほんとに怖い病気だと思いました。

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駒苫、再び優勝!

信じられるか? まだ信じられない。
駒大苫小牧高校が夏の甲子園で再び優勝した
チームがそのまま持ち上がる春夏連覇に比べ、チームの顔ぶれが変わる夏の連覇ははるかに難しい。旧制中学から新制高校制度に移行してから2校目。実に57年ぶりの快挙だ。
だが、あえてぼくはこれを「連覇」とは呼ばない。「2回優勝した」と言いたい。

●初めての経験

 昨年夏、駒大苫小牧は、甲子園で東北以北としては初めて優勝を果たした。雪国のチームが夏の甲子園を制する――とてつもないことだった。ぼくら道民に大きな感動と勇気を与えてくれた。

 層の厚く経験豊富な学校の多い本州では、優勝校はその経験を踏み台にさらに強いチームを目指していく。
 だが、南北を合わせても50勝たらずの甲子園経験しか持たない北海道の高校野球界、そしてぼくら道民は、悲願の優勝達成に狂喜乱舞し、浮き足立った。そのことで駒苫にのしかかる重圧は計り知れないものだった。

●どん底への転落

 様々な祝賀行事が繰り返され、どこでも選手や監督は大歓迎を受けた。そして、「次もぜひ優勝を」と、無邪気な期待の言葉がかけられる。それは、次第に重圧になっていく。
 ぼくらは誰もが心のどこかで錯覚していたのではないか? 「身近な高校生たちが優勝を遂げた。北海道のレベルは上がった。がんばれば優勝できるんだ」
 たった一度の優勝で、それまで80年以上も続いた甲子園敗退の歴史を忘れてしまってはいなかっただろうか? 対戦校抽選会で、北海道のチームを引き当てた相手校が、「やった、これでまず一勝もらった」と喜んでいたような屈辱の歴史を忘れてはいなかっただろうか?
 全国制覇したのは去年のチームだ。今年のチームはまだ何も証明していなかった。

               ★

 春の選抜大会で、駒大苫小牧は2回戦で完封負けをする。そこにはもう、チーム最高打率の甲子園記録を塗り替えた去年の「豪打・駒苫」の姿はなかった。
 続いて春の北海道地区大会で白樺高校に、なんと初戦敗退してしまう。さらには、時をおいて行われた同じ白樺高校との練習試合で再び敗北する。選手達は知った。「自分たちはもはや、地方の弱小チームにすぎないんだ」

 基本は忘れていない。練習量もどこにも負けない。だが、結果は出ず、実力は上がらなかった。
 監督は言った。「これじゃあ甲子園なんかとても行けないぞ」
 チームの中のコミュニケーションもとどこおり、バラバラになりかけた。
 ――チームはどん底まで落ちた。

●再び甲子園へ

 悩む3年生たちは自主的にミーティングを繰り返す。そしてたどり着いた結論は単純だった。「3年生は、3年生の自覚を持って、後輩の見本になる」一見、野球とは関係がない。
 積極的に声を出した。率先して道具の片付けを行った。やがて、後輩たちが後をついて来た。
 監督も「甲子園」の言葉を封印する。「野球を楽しもう」 指導の厳しさに変わりはなかったが、選手たちからプレッシャーを取り除いてやった効果は大きかった。
 歯車がかみ合い出した。豊富な練習量に裏付けられたポテンシャルが顔を覗かせ始めた。

 チームは常に発展途上だった。南北海道大会を勝ち抜く中で地力を次第に発揮し、ついに優勝にこぎ着ける。甲子園の切符をとうとうつかんだ。
 監督は熟知していた。高校野球は甘いもんじゃない。ましてや連覇など口にするのもはばかられる。
「甲子園に、主将一人でなく、全員で優勝旗を返しに来れた。目的は果たした。あとは野球を楽しもう」
 肩の荷が下りた新チームの快進撃は、もう書くまでもないだろう。ただ、ひとつだけは言える。繰り返すが、チームは常に発展途上だった。一戦ごとにパワーアップしていた。そして、絶対にあきらめない気持ち。準々決勝の鳴門工戦、5点差のリードを許した試合は、一度は監督さえ匙を投げた展開だったが、選手はあきらめなかった。なんと5点差を逆転し勝利をおさめる。
 決勝戦。接戦だった。地区大会を含めて失策ゼロの堅い守備に初めてエラーが2つ出て、いずれも相手に得点を許してしまう。選手に動揺が見られるのをみて、監督は言った「激しく競い合ってる試合だから、エラーだって出る。流れは必ずこちらにも来る」
 チャンスは少なかった。しかし、それを確実にものにした。結果は5-3。逃げ切って、優勝を手にした。昨年のチームからの遺産は、少ない。新たなチームが、一から積み上げて掴み取った新たな優勝だった。「連覇」という言葉はふさわしくない――ぼくはそう思う。

●駒苫野球の強さ

 決勝戦を最後に勇退する京都外大西のベテラン三原監督が、駒苫を評して言った。「野球を知っている」 短いコメントだが、意味するところは深い。

 駒苫野球、言い換えれば監督の香田野球の強さはどこにあるのか? あえて言えば、「ありふれた当たり前の野球」だ。しかし、この当たり前の野球が、いま、おろそかにされている。駒苫は、愚直と言って良いほど、「当たり前の野球」を徹底した。

  • スター選手を作らない : 作新学園の江川、桑田・清原のPL学園、水野投手を擁した池田高校など、過去、超高校球の選手が率いる一流強豪校が、いずれも達成できなかった夏連覇。このようなチームは確かに強い。しかし、香田監督はこのような高校が、ただ一人のスター選手の調子次第で、あっけなく崩れる危険性を知っていた。スターは作らない。そのかわり、ひとりひとりの選手が水準以上の力を備える。使い古された言葉だが「全員野球」 これを目指した。

  • 堅い守備 : 「守備からリズムを作る」これもまた香田野球、というより、野球のイロハだ。駒苫は練習時間の6,7割を守備練習に充てる。一般に、打者の打率は2割~3割だが、野手の守備率はたいてい9割を超えている。駒苫は、徹底的に守備を鍛えた。室内練習場があるにもかかわらず、グラウンドを除雪して守備練習をした。道民なら皆、知っているが、冬の凍土は穴だらけで、しかもコンクリートのように堅い。当然、ノックの打球は激しくイレギュラーバウンドをする。これを受け続けた野手陣にとって、甲子園というコンディション最高の舞台での打球は、素直でたやすいバウンドに見えていた。決勝戦まで無失策。堅い守備が数字となって示されている。
  • 遅い球を打つ : 香田監督のバッティングに対する考え方は「決してブレない体の軸を作る。それがシャープな打球を生む」 これも基本であり、当たり前の野球だ。しかし、近年の高速ピッチャーの台頭で、マシンの球速を上げて速球対策に力を入れるチームが多い。これにたいし駒苫では軸を確立させるために、あえて遅い球を打つ練習をさせた。
  • 得点確率を最重視する : 香田監督はノーアウトで一塁にバッターが出塁すると、次の打者が誰であろうとかならずバントで得点圏にランナーを進める。それはたとえ、強打者、林であろうと同じだった。バントを命じた。こうして、得点確率を少しでも上げ、一点ずつもぎ取っていく。
  • プロ野球並みの継投策 : 昨年も、今年も、香田監督は複数の投手を育てることに神経を注いだ。それぞれの役割をきっちり自覚させ、無理をさせず、早め早めに継投策をとった。今年は選手にも恵まれた。大阪桐蔭の辻内投手が150キロピッチャーといことで話題を呼んだが、抑えの切り札、田中が決勝で三振勝利をとった最後の一球は150キロだった。

●これから

 「ひいきの引き倒し」という言葉がある。早くも「三連覇を」という無責任な声が上がっている。駒苫を自滅に追い込んで、どうしようというのだ。
 選手は経験を積んだ。ファンも経験をつまなくてはいけない。駒苫にはこれからも「野球を楽しんで、自分たちのチームを作り上げてほしい」

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「カッコ良くなろうよ」……先生の言葉

 きょうは、月一回の神経科受診日でした。
 まずは、これまでの診察を通して、最大かつ長年の懸案だった博士号を取得できたことを報告。
「やったね。おめでとう」先生におめでとう、なんて言われたのは初めてだ。
「いや、この状態で、よく取れたよ。ぼくは、病気の方から見たら、できればやめたほうがいいと思っていた」と先生。
「この病状でドクター取れたのなら、もう何だって出来ちゃうんじゃない?」
「先生のおかげです」

 そして、いつもの診察。いまの精神状態について色々質問されたあと、こんなことを言われた。

     「いよいよ、本腰いれてダイエットに取り組もう。
     カッコ良くなろうよ

 もちろん、自分でもダイエットしなきゃ、と思っている。鬱の症状と、飲んでいる薬の両方の作用で、この6年間で30キロも増えてしまった。いまでは鏡の自分を見るのが嫌になっている。
 ただ、博士号の研究と論文執筆が大詰めを迎えたこの一年間は、先生はそれまでいつも言っていた、「運動して痩せよう」という言葉を封印していた。「鬱がこんな状態では、博士号の作業は、心に負担がかかって無理だと思う」というのが先生の意見だった。
「だけど、ここまで積み重ねてきた以上、もう後へは引けないんです」というぼくの言葉に、
「ならば、少しでも集中できるように減量などは、後回しにしよう」と先生は言い、一年が過ぎた。
 だから、次の課題は減量だということはわかっている。でも、カッコ良くってどういう意味だろう?
カッコ良くなろう、ですか?」
「そう。痩せてカッコ良くなれば、気分も良くなるからね。自信も湧いてくると思うよ」
 そっか。そうなれば、鏡をみるのも嫌じゃなくなる。自分が好きになる。おお、これってまさにセルフエスティームじゃん! 納得した。
 パッケージを変えれば、中身も自然に後から付いてくる。強くなくても、強いふりをする。そうすると本当に強くなってくる。形だけでもファイティング・ポーズを取るということは大切だ。前にK-1の解説者の人もそう言っていた。
 よし、まずはパッケージから手を付けよう。

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未知の道へ、うつから回復する試練

ご存じの通り、ぼくは、うつ病です。長いことブログをやっている中で、同じ病に苦しむ多くの「療友」の方たちに出会うことが出来ました。ぼくの大切な財産です。お会いしたことはありませんが、日本のあちこちで、同じ苦しみを味わっています。中には、重度のうつでPCに向かうことも携帯でメールを打つこともできなくなり、音信不通になってしまっている方もいます。でも、みんな同じ空の下のどこかで戦っている、そう思うと、ぼくも頑張ろうという気力が沸いてきます。ありがたいことです。

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Queen 詞集 - Friends will be friends

Friends will be friends by Queen

Another red letter day,
So the pound has dropped and the children are creating,
The other half ran away,
Taking all the cash and leaving you with the lumber,
Got a pain in the chest,
Doctors on strike what you need is a rest

It's not easy love, but you've got friends you can trust,
Friends will be friends,
When you're in need of love they give you care and attention,
Friends will be friends,
When you're through with life and all hope is lost,
Hold out your hand cos friends will be friends right till the end

Now it's a beautiful day,
The postman delivered a letter from your lover,
Only a phone call away,
You tried to track him down but somebody stole his number,
As a matter of fact,
You're getting used to life without him in your way

It's so easy now, cos you got friends you can trust,
Friends will be friends,
When you're in need of love they give you care and attention,
Friends will be friends,
When you're through with life and all hope is lost,
Hold out your hand cos friends will be friends (right till the end)

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ピット・イン終了!

 ODで爆睡しました。まだ鬱の波は去ってないけど、心機一転、またがんばるよ。
 ブログを巡回していて、ある人のところでは元気をもらい、別の人のところではお裾分けをして歩く。何日ぶりかな?いつものペースが戻ってきた。
 仕事でもプライベートでも、ぼくは、ぼくのできることしか出来ないけど、その中で精一杯、誰かのために役立てるよう努力していく。そうやって頼り頼られ、もたれ合いながら生きていく。そうすれば、ぼくのいる意味が実感できるから。生きる理由が分かるから。

 目覚めた後、ずっと吐き気が止まらない。良い子のみなさんは、ODは、やめましょうね。

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■関連記事

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- Yasushi 眠剤におぼれる

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終戦記念日

民放の番組で、原爆を開発した科学者と被爆者の対談をやっていた。

齢90になるその科学者は、「罪無き民間人の犠牲者ということをよく言うけれど、そんなことはない。どんな民間人でも何らかの形で戦争に荷担している。そういう民間人を殺すことは当然だ」という趣旨のことを言っていた。

さらに原爆の被害について「原爆の被害は見ていないが、東京大空襲の記録は見た。違いはない。ただ、時間が短時間なだけだ

さらに「原爆は簡単で便利だ。焼夷弾なら数千発を要するところを、一発で済むんだからね

そして、被爆者に対して「わたしは原爆を開発したこと、そして投下したことを絶対に謝罪なんかしない。こんな言葉がある『リメンバー・パールハーバー』だ」

こいつにとって、原爆を反省することは、自身の一生を否定することになるから、自分は正しいことをしたという凝り固まった信念に支配されている。峡視野&大馬鹿&老害の権化だ。

挙げ句の果てには「わたしも君たちも、生き残ったんだからラッキーだね」

ぼくが投げかける言葉はただひとつだ。「じじい、ごくろうさん。早く逝っちゃってください」

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馬鹿じゃないの?

民主党には失望した。
自民党の郵政民営化法案に対し、とうとう対案を出せなかった。さらには同法案には反対の立場。
なんなの? キミたち。

それなのに衆院解散の報を受けて、「われわれこそが真の改革政党」との岡田代表の怪気炎。
ちぐはぐやんけ。そんな野党はいらんわ。

改革っていうのはね、内容はともあれ、踏み出すことが大事なんだよ。何事も、初めてのことには欠陥がある。それはその都度、修正していけばいい。まず突破口を開く、それが何よりも大事なんだ。

はじめから完璧を求めて、それに合わないから反対っていうのは、無茶なんだよ。理想論を口ずさみながら空高く地上を見下ろしながら飛んでるんだよ。現場を知らない、良いとこのボンボンそのままじゃん。バッカじゃないの?

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甘いんじゃないの?

ついさっき、郵政民営化法案が参議院で否決された。
今のご時世にもかかわらず、何と世襲制がまかり通る特定郵便局長会のみなさん、おめでとうございます。解散・総選挙になりそうですが、既得権益守れそうですか?ご心配ですね~。

ぼくらは、行政改革の手始めとして、真っ先に独立行政法人化されました。そして、今年はついに完全に非公務員化になり、民間ならびに世界の研究団体と戦い、結果を出していかなければ生き残れない立場になりました。
ぼくらは、そのことをネガティブに捉えるのではなく、真に戦う集団として生まれ変わることが出来ました。

ぼくらのように民間に任せることの出来ない業務でさえ既に政府から切り離されているんです。
38万人の国家公務員の人員を費やしてまで国で行わなければならない事業なんですか? 民間に任せて、各社に切磋琢磨させた方が国民の利益になるんじゃないんですか?

宅急便、メール便は、電話をするだけで即家まで取りに来てくれます。配達時に不在だったら、配送員の携帯に電話を入れて、数十分で届けてくれます。そういう時代なんです。官業とはかけ離れています。まだ目が覚めませんか?

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